深夜、ふいに身体を揺り動かす手があった。うながされ、眠たい目を開けたのは、まだあどけい少女だった。
「ん…どうしたのパパ」
「ごめんね、ちょっと起きてくれるかい」
そう言うと、父親は娘を抱きかかえ、リビングのゆったりしたソファーに座らせた。
「今日はね、とっても大切な日なんだよ」
部屋は薄暗く、空間投影されたディスプレイだけがほのかにまぶしい。そこでは特別番組が放送されていた。画面には数字が表示され、次第に数を減らしている。父親が言った。
「むかーしね、歌の女神さまが生まれたんだ。それをこれからみんなでお祝いするのさ」
そして、ついにカウントダウンしていた数字がゼロになると、盛り上がりが頂点に達し、突然ツインテールの女の子が、ニッコリとした表情でディスプレイいっぱいに現れた。
「あ、この人知ってるよ。ええと…」
少女が答えを見つける前に、ツインテールの女の子がディスプレイから(最新の映像技術により)飛び出してきた。そして、ひとしきり部屋の中を自由に飛び回ると、少女の前に躍り出し、ティンカーベルのようないたずらな目を向けた。少女は少しばかりびっくりしたが、すぐ嬉しくなって、ご挨拶をした。
「こんにち…わ」
ツインテールの女の子が、やや甲高いトーンで応えた。
「はじめまして。うふふっ」
やがて、どこからともなく流れてくるメロディー。少女はその曲を知っていた。なぜなら、お遊戯の時間に教えてもらっていたからだ。前奏が終わり、ツインテールの女の子が息をすぅーっと吸い込み、歌いはじめると、つられて少女も一緒に歌い出す。
「みなもーにゆれるーこもれびのなか…」
ディスプレイには、世界各地(月や火星も)の、お祭りの様子が順繰りと映し出されていた。どの場所でも、数えきれない人々の真ん中で、ツインテールの女の子が優美な動きを披露していた。そして、特に少女が見とれたのは、人々が振っているスティックの光が、大きなうねりがとなって繰り広げられている、稀に見る美しい光景だった。
父親は、少女に小さな"柄"を手渡した。底をタッチすると反対から緑色の光が伸び、同様なスティックになった。スティックの周りでは、次々と「オメデトー」「メデタイ!」といった文字がくるくる回り、しばらくきらめいては消えていく。父親と娘は、世界中の人と喜びを分かち合い、この1万年に一度のお祭りを楽しんだ。
父親が尋ねた。
「この、おうた好きかい」
「だーいすき。ええと、セツナイうたなんだって」
「この青い髪の女の子もかい」
「うん、好き! あっ、思い出した…ミクちゃん」
父親は嬉しそうにうなずき、娘の頭をやさしく撫でた。
ときに西暦3939年3月9日3時9分の出来事だった。
※この物語はフィクションです。
