初音ミクみく管理人は、常駐アプリ「クウキヲ嫁」を愛用していた。これはコメントやツイートの反応をインテリジェントにチェックしてくれるスグレモノだ。開発者に感謝である。
使い方は簡単。記事をアップしたらURLを指定し、あとは「クウキヲ嫁」で監視させればいい。すると「クウキヲ嫁」は、賛成意見、反対意見、中立といった具合に、場の空気を分析する。ちなみに管理人は、記事を公開したとき、あらかじめユーザーの反応の賛否を予想しておき、大きく食い違ったときにアラームが鳴るよう設定している。これで不測の「炎上」にも即対応できるというものだ。
「クウキヲ嫁」がアラームで警告することはたびたびあったが、管理人の対処は実に手馴れたものだ。多くの場合、文章の語尾「~をチェックしてみて」を「~をチェック…かもさ」に修正するといった程度でお茶を濁すことに成功していた。まれに「後日談」や「お詫び」を追記するような事態に発展したこともあったが、最悪の「記事削除」までいくことは、めったにないことだった。
ある日のことである、管理人のPCから、けたたましいほどのアラームが鳴りひびいた。時間を見ると、深夜の0時すぎ。アラームの鳴り方からして「炎上」レベルであった。そんなひっぱくした事態であったが、管理人は実にノンキなものだった。
「こんな時間に、何ぞ?」
「え゛? これって、「クウキヲ嫁」のアラーム…だっけ?」
こう反応したのも無理はない。管理人が「クウキヲ嫁」のアラームを聞いたのは実に4年ぶりだったからだ。というより、もはやインストールされていることも忘れていた。おずおずと調べてみると、アラームの原因は次の最新記事だった。
「祝!「初音ミク」発売10周年!」
管理人は「あっ」と声をあげた。
実は「初音ミクみく」は4年前に終了していたが、終了日にこの記事を書き、FC2ブログの「予約投稿」を仕掛けておいたのだ。そして、今日が設定されていた公開日であった。むろん、当時は「おそらく"4年後"には、もはやサイトは残っていないだろうから、この記事が日の目を見ることはないよね」と、なかば冗談のつもりだった。それが長い眠りから覚め、予定どおり公開されてしまったのだ。これはしまった。さすがに"いまさら感"は否めない。削除…
そう思いつつ、何気に記事に目をやると、公開から数分にも関わらず、たくさんのコメントで溢れていた。
「オメデトウ」
「元気かー」
「ミクミクサンキュー」
「今日も、みっくみっく」
「出たな亡霊」
…
ゴーストタウン化していた「初音ミクみく」が、ほんのいっとき、かつての賑わいを取り戻していた。それは、管理人の脳裏に、楽しかったあの頃を鮮明に思い出させた。驚きと懐かしさで、さまざまな感情が湧き上がり、管理人は動揺した。
「お、おまえら…まだ覚えてくれてたの?」
「いったいなんなの…な、何をさせたいの?」
2017年8月31日…某所に初音ミクみく(元)管理人の姿があった。そして大切な思い出をいつくしむように、そうっとつぶやいた。
「初音ミク…10周年…メデタイ!」
言葉は静かに世界へと拡散していった。
※この物語はフィクションです。
